2015年06月02日
草津市南山田町のお蔵(小屋)のその後の報告
5月31日、奥加河荘での地球暦お話し会を終えて、
浜街道を走っていて、ふと、懐かしい風景。
そう、今年2月、何度も通った解体された小屋の現場への道。
思わず、小道を入って、現場に向かいました。
すると、かわいらしい洋風のお家、
その横に家主のご主人とおばあちゃんが目に入りました。
車をとめて、ごあいさつ。
「新築、おめでとうございます」
すると、ご主人が笑顔で
「今日、息子夫婦が引っ越して、初めてここに泊まるんです」
新婚される息子さんご夫婦のために、ご主人が納期を厳守して建てたお家。
私達が作業したあの築80年の立派な小屋はなくなったけど、
隣の小屋は残っていて、改装して使われるとのこと。
ほんの少しの時間でしたが、ここで、
ご主人が夢見ておられた息子さん、お孫さんとの生活が
育まれていくんだなあと、祝福の気持ちが湧いてきて、
「この場にこれてよかった」と思いました。
× × ×
ふり返ってみれば、1/21にこの小屋が解体されることを知り、
Facebookなどでみなさんにご協力を求めながら、
1/27~2/20(+3/15、5/17)の期間に15日間、
のべ83名の方々のお力を得て、
・小屋の民具を地元小学校へ運搬
・民具のクリーニング・写真撮影、授業、昔の道具博物館づくり
・農具類は一括して龍谷大学(農学部)で活用
・移築の検討(9日間で完了の手配できるも)
・小屋・部材・民具の見学、民具の引き取り対応
(建具、土壁、棟木を含む)
を行うことができました。
実際に来れなくても、たくさんの方々から応援・想いが寄せられて
いたのを毎日、有難く思っていました。
解体開始の2/20を迎え、もう解体現場にくる元気はないなあ
と思っていたのに、解体中、毎日ヘルメットかぶって走り回ってました。
そして、きっと、新築された現場なんて見ることはできないだろう
と思っていたのに、実際にきたら、祝福の気持ちがあふれてきました。
これで、ほんとに、
この小屋のことは私の中ですべて終了した気がします。
この小屋のことに関わってくださった全ての方々へ、
改めて、ありがとうございました。
以上、感謝をこめて、報告します。
<今までの経緯はこちら>
2/19 草津市の小屋見学、「昔の道具博物館」作り・参観のご案内
http://lbmmukashi.shiga-saku.net/e1124129.html
新聞掲載「昔の道具博物館」、そのうらばなし
http://lbmmukashi.shiga-saku.net/e1125899.html
草津市の小屋の解体、ミラクルな最終報告!
http://lbmmukashi.shiga-saku.net/e1128976.html
浜街道を走っていて、ふと、懐かしい風景。
そう、今年2月、何度も通った解体された小屋の現場への道。
思わず、小道を入って、現場に向かいました。
すると、かわいらしい洋風のお家、
その横に家主のご主人とおばあちゃんが目に入りました。
車をとめて、ごあいさつ。
「新築、おめでとうございます」
すると、ご主人が笑顔で
「今日、息子夫婦が引っ越して、初めてここに泊まるんです」
新婚される息子さんご夫婦のために、ご主人が納期を厳守して建てたお家。
私達が作業したあの築80年の立派な小屋はなくなったけど、
隣の小屋は残っていて、改装して使われるとのこと。
ほんの少しの時間でしたが、ここで、
ご主人が夢見ておられた息子さん、お孫さんとの生活が
育まれていくんだなあと、祝福の気持ちが湧いてきて、
「この場にこれてよかった」と思いました。
× × ×
ふり返ってみれば、1/21にこの小屋が解体されることを知り、
Facebookなどでみなさんにご協力を求めながら、
1/27~2/20(+3/15、5/17)の期間に15日間、
のべ83名の方々のお力を得て、
・小屋の民具を地元小学校へ運搬
・民具のクリーニング・写真撮影、授業、昔の道具博物館づくり
・農具類は一括して龍谷大学(農学部)で活用
・移築の検討(9日間で完了の手配できるも)
・小屋・部材・民具の見学、民具の引き取り対応
(建具、土壁、棟木を含む)
を行うことができました。
実際に来れなくても、たくさんの方々から応援・想いが寄せられて
いたのを毎日、有難く思っていました。
解体開始の2/20を迎え、もう解体現場にくる元気はないなあ
と思っていたのに、解体中、毎日ヘルメットかぶって走り回ってました。
そして、きっと、新築された現場なんて見ることはできないだろう
と思っていたのに、実際にきたら、祝福の気持ちがあふれてきました。
これで、ほんとに、
この小屋のことは私の中ですべて終了した気がします。
この小屋のことに関わってくださった全ての方々へ、
改めて、ありがとうございました。
以上、感謝をこめて、報告します。
<今までの経緯はこちら>
2/19 草津市の小屋見学、「昔の道具博物館」作り・参観のご案内
http://lbmmukashi.shiga-saku.net/e1124129.html
新聞掲載「昔の道具博物館」、そのうらばなし
http://lbmmukashi.shiga-saku.net/e1125899.html
草津市の小屋の解体、ミラクルな最終報告!
http://lbmmukashi.shiga-saku.net/e1128976.html
2015年03月19日
facebook小野容子、2015.3.16 10:25の投稿
おはようございます。
心地よい疲労感に包まれながら、葛川で起きた朝。
朝日を浴びながら犬の散歩をし、
ご近所さんと井戸端会議して、帰ってほっこりコーヒータイム。
× × ×
昨日は、草津市の解体された小屋の空き地に残した土壁の
処理をしに、朝早くから旦那さまとお出かけ。
現地で京都の女の大工さん姉弟と合流。
新築の基礎工事現場の片隅に残してもらった
土壁の山を4人で囲んで、
天気のようすを伺いながら、
土壁の中の異物を取り除きながら土嚢袋へ詰める作業。
手作業しながらの四方山話、かなり盛り上がりました。
途中で、家主の奥さまが剪定ばさみと袋を持ってきてくれて、
庭の夏みかんをご自由にどうぞ。とか、おばあちゃんが
様子を見にきてくださり、昔はなしにも花が咲いたり。
空模様があやしくなったこともあり、
途中からは仕分けせずに袋詰め。
乗せられる限り軽トラに載せ、残りは現地の邪魔にならない
場所へ置いて作業終わり。
ご縁あったたくさんの方々のお心とお力を得て進んだ、
草津市の築80年の立派な小屋・解体の件、
あとは、大工さんが都合のつくときに土壁の残りを取りに来て、
すべて終了・・・かな。
ここまで、無事たどり着けたことに、感謝・感謝です!
× × ×
・・・昨日は、浜大津こだわり朝市の最終回だったのです。
毎月第三日曜の午前中、京阪浜大津駅の改札出た広場で
10年以上前から続いてきた、滋賀の手づくり市の先駆け。
http://kodawarimarket.com/
作り手と使い手が出会う場をつくろうと発足。
滋賀の日本酒を愛する会・酔醸会(よいかもかい)の方々も
当初から支えてこられた場です。
そのメンバー・姉御さんと、ご縁あって、
5年前の秋「近江スローライフの会」を発足してほどなく、
彼女が急逝。
求心力を失った会の活動は進まなくなり、
せめて姉御さんのご遺志を継ぐために、朝市にはできるだけ
参加しようと。行けなくても心はいつも送っていました。
そこへ、突然の、朝市中止の決定。
「京阪浜大津駅耐震工事に伴う朝市事務局
(暮らしっく広場)の廃止により今後の運営が困難との判断」
とのこと。
土壁の作業を早く終えて、少しでも朝市に顔を出せたら、
と思っていたのですが、叶わず。
目に見える朝市の場はなくなっても、
それを支えてきた人々の想いは、
それぞれの場で広がり続けたらいいなあと。
心より祈ります。
× × ×
さて、年度末の新しい一週間が始まります。
みなさま、それぞれに、よき日々をお過ごしのほど~!
心地よい疲労感に包まれながら、葛川で起きた朝。
朝日を浴びながら犬の散歩をし、
ご近所さんと井戸端会議して、帰ってほっこりコーヒータイム。
× × ×
昨日は、草津市の解体された小屋の空き地に残した土壁の
処理をしに、朝早くから旦那さまとお出かけ。
現地で京都の女の大工さん姉弟と合流。
新築の基礎工事現場の片隅に残してもらった
土壁の山を4人で囲んで、
天気のようすを伺いながら、
土壁の中の異物を取り除きながら土嚢袋へ詰める作業。
手作業しながらの四方山話、かなり盛り上がりました。
途中で、家主の奥さまが剪定ばさみと袋を持ってきてくれて、
庭の夏みかんをご自由にどうぞ。とか、おばあちゃんが
様子を見にきてくださり、昔はなしにも花が咲いたり。
空模様があやしくなったこともあり、
途中からは仕分けせずに袋詰め。
乗せられる限り軽トラに載せ、残りは現地の邪魔にならない
場所へ置いて作業終わり。
ご縁あったたくさんの方々のお心とお力を得て進んだ、
草津市の築80年の立派な小屋・解体の件、
あとは、大工さんが都合のつくときに土壁の残りを取りに来て、
すべて終了・・・かな。
ここまで、無事たどり着けたことに、感謝・感謝です!
× × ×
・・・昨日は、浜大津こだわり朝市の最終回だったのです。
毎月第三日曜の午前中、京阪浜大津駅の改札出た広場で
10年以上前から続いてきた、滋賀の手づくり市の先駆け。
http://kodawarimarket.com/
作り手と使い手が出会う場をつくろうと発足。
滋賀の日本酒を愛する会・酔醸会(よいかもかい)の方々も
当初から支えてこられた場です。
そのメンバー・姉御さんと、ご縁あって、
5年前の秋「近江スローライフの会」を発足してほどなく、
彼女が急逝。
求心力を失った会の活動は進まなくなり、
せめて姉御さんのご遺志を継ぐために、朝市にはできるだけ
参加しようと。行けなくても心はいつも送っていました。
そこへ、突然の、朝市中止の決定。
「京阪浜大津駅耐震工事に伴う朝市事務局
(暮らしっく広場)の廃止により今後の運営が困難との判断」
とのこと。
土壁の作業を早く終えて、少しでも朝市に顔を出せたら、
と思っていたのですが、叶わず。
目に見える朝市の場はなくなっても、
それを支えてきた人々の想いは、
それぞれの場で広がり続けたらいいなあと。
心より祈ります。
× × ×
さて、年度末の新しい一週間が始まります。
みなさま、それぞれに、よき日々をお過ごしのほど~!
2015年03月05日
草津市の小屋の解体、ミラクルな最終報告!
草津市の解体される小屋のこと、
たくさんの方々のお心とお力を頂き、ありがとうございました!
今回は、自分で仕掛けてどうにかしようとは、敢えてせず、
ご縁あるみなさんから寄せられたお心とお力をつなぐことだけしよう
と決めていました。
正直なところ、ここまでの展開・結果が得られたことに驚いています。
2/20から始まった解体工事の間も、ミラクルの連続でした。
× × ×
2/20、足場を組んでいる横で、夏障子を取りに来られた方と作業し終えて、
「これで、もう現場には行かないでおこう」と思ったのですが、
末娘に「河原におうちを建てるための材料がほしい」と乞われて、
2/24、現場に行ったのです。
すると、解体作業をしている様子がない。お休み?
建物の一間庇はなくなってたけど、躯体はそのまま、二階の床板もあり。
・・・これは、床板、はがせるぞ!と思い、
現場監督さんに電話して許可を得てから、
コーナンプロで、バールとハンマーをゲットして、床板はがし開始!
そこへ、ヘルメットをかぶった作業員の方がひとり、来られたのです。
これから少し解体作業をするとのことでしたが、
まだ、始めないとのことだったので、急いで床板はがしに取り掛かりました。
半分くらいはがしたところで、作業員さんが二階に上がってこられました。
まだ、大丈夫とのことだったので、床板はがしに精を出しながら、
世間話をしていたら、
なんと、このベテランの作業員さん、
十数年前、守山市の鍛冶屋さんの古い建物の解体のときに、
「この建物は壊してほしくない」と言い張っていた私と
どうも出会っていたようなのです。
(さらに、今回の現場監督さんも同じ現場で作業していたとのこと)
#鍛冶屋さんって、大事なんですよ。
昔の農具を使うくらしを続けようと思ったら、絶対に必要になる仕事。
守山市では残せなかったけど、
新旭の鍛冶屋の建物は家主さんを説得してまだ残っています。
長浜の鍛冶屋という集落では、作業場を修復して、鍛冶仕事をやっておられます。
今回の小屋見学にも、若い野鍛冶さんが来られたんですよ!
十数年ぶりの解体現場での再会。こんなことって、あるでしょうか?
× × ×
そのあとも、ミラクルは続きます。
はがした床板を、欲しいと言っていた改築中の方のところへ届けたら、
女の大工さんが待っていてくださいました。
その大工さん、土壁がほしいけど、目下資材置き場を探し中。
取り置けるなら、ぜひ欲しいとのこと。
すると、翌日、解体現場の敷地内の空き地に、
土壁を残しておくのに丁度いい場所を見つけてしまったのです。
そこで、家主のご主人に電話で相談したら、
「もう、小野さんの好きにしてください。
思い残すことがないように、存分にやってくれはったらいいです。」
と、半ばあきれた笑い口調で、返してくださり、
2/27、大工さんと現地で会って、現場監督さんの許可ももらって、
土壁を空き地に残せることになりました!
× × ×
結局、24日から27日まで、毎日、現場に通いました。
小屋が解体される様子を見るのは、心が痛むのでは・・・と思っていたけど、
それは思い込みでした。
十字梁の短い方を、ユンボのつかみハサミが一掴みして、
すっと、軽やかに外してしまった瞬間を目にしたときは、
「すごいっ」と心おどりました。
屋根に上った作業員さんが、チェンソーで丸太梁を切り、
ユンボのハサミが、それをつかみ取り、屋根が落ちる。
チェンソーで切った桁も、ユンボのハサミでつかんで引っ張ると、
自然に壁も倒れ、丁寧に土と竹と木材を分けたものを、
つかみハサミで優しくつかんでトラックの荷台へ。
太くて長い材もハサミでつかむだけで簡単に折れてしまう、
そんな圧倒的なパワーをもつ一方で、
うすいコンパネや細い材1本も、傷つけずに細やかに扱える、
そんなユンボの扱いには、感動すら覚えました。
そして、それをフォローする男たちの動き、
全てがまさに芸術的で、ずうっ~と、見惚れてしまってました。
「ああ、こんな男たちのおかげで、
この、いまの、世の中が作られたんだなあ」と、
改めて感じ入りました。
× × ×
・・・あ、そうそう、私は末娘のリクエストで、
河原にお家をたてるための材料を集めに来てたんだった
と思い出して、
木材が集められるたびに、「これもらっていいですか」と声をかけて、
適当な大きさの角材・柱、板を運び出してたのですが、
十数年ぶりに再会したベテラン作業員さんに、
「この丸太梁も、私に扱える大きさなら、ぜひほしいのですが」
ともらしたら、
「おい、お前の出番だぞ」と一番若い力持ちの作業員さんに指示して、
1メートルくらいの長さに切ってくれました。
そして、その若い作業員さんがそれを軽々と持ち上げて仮置き場まで
持って行ってくれました。
私は、その1メートルをころころ転がして、よいしょっと立てて、
ばたんと倒す・・・という方法で、運びました。
車の荷台までかつぎあげるのは無理でも、
転がすための緩やかなスロープを丈夫な板か何かで作れば、
車にのせることはできるでしょう。
家主のご主人と、弟さんが、残しておきたいとのこと。
あとは、リクエストされた、木地師さんにお渡ししようと思います。
× × ×
・・・こうして振り返ってみると、
今回の小屋の解体の中で、「これがほしい」とリクエストされ、
その方が諦めなかったものは、
結果的に、すべて手に入れることができた気がします。
(床板も、建具も、丸太梁のかけらも、そして土壁も・・・)
自分の中のちっぽけな世界で思いつくことでどうにかしようとするのでなく、
大きな天・宇宙・世界に委ね、
ご縁あった方々のお心とお力をすべて無駄にすることなく、
最後まで諦めない
ことで、ここまでのことが成ったことに、深く深く感謝いたします。
ありがとうございました!
たくさんの方々のお心とお力を頂き、ありがとうございました!
今回は、自分で仕掛けてどうにかしようとは、敢えてせず、
ご縁あるみなさんから寄せられたお心とお力をつなぐことだけしよう
と決めていました。
正直なところ、ここまでの展開・結果が得られたことに驚いています。
2/20から始まった解体工事の間も、ミラクルの連続でした。
× × ×
2/20、足場を組んでいる横で、夏障子を取りに来られた方と作業し終えて、
「これで、もう現場には行かないでおこう」と思ったのですが、
末娘に「河原におうちを建てるための材料がほしい」と乞われて、
2/24、現場に行ったのです。
すると、解体作業をしている様子がない。お休み?
建物の一間庇はなくなってたけど、躯体はそのまま、二階の床板もあり。
・・・これは、床板、はがせるぞ!と思い、
現場監督さんに電話して許可を得てから、
コーナンプロで、バールとハンマーをゲットして、床板はがし開始!
そこへ、ヘルメットをかぶった作業員の方がひとり、来られたのです。
これから少し解体作業をするとのことでしたが、
まだ、始めないとのことだったので、急いで床板はがしに取り掛かりました。
半分くらいはがしたところで、作業員さんが二階に上がってこられました。
まだ、大丈夫とのことだったので、床板はがしに精を出しながら、
世間話をしていたら、
なんと、このベテランの作業員さん、
十数年前、守山市の鍛冶屋さんの古い建物の解体のときに、
「この建物は壊してほしくない」と言い張っていた私と
どうも出会っていたようなのです。
(さらに、今回の現場監督さんも同じ現場で作業していたとのこと)
#鍛冶屋さんって、大事なんですよ。
昔の農具を使うくらしを続けようと思ったら、絶対に必要になる仕事。
守山市では残せなかったけど、
新旭の鍛冶屋の建物は家主さんを説得してまだ残っています。
長浜の鍛冶屋という集落では、作業場を修復して、鍛冶仕事をやっておられます。
今回の小屋見学にも、若い野鍛冶さんが来られたんですよ!
十数年ぶりの解体現場での再会。こんなことって、あるでしょうか?
× × ×
そのあとも、ミラクルは続きます。
はがした床板を、欲しいと言っていた改築中の方のところへ届けたら、
女の大工さんが待っていてくださいました。
その大工さん、土壁がほしいけど、目下資材置き場を探し中。
取り置けるなら、ぜひ欲しいとのこと。
すると、翌日、解体現場の敷地内の空き地に、
土壁を残しておくのに丁度いい場所を見つけてしまったのです。
そこで、家主のご主人に電話で相談したら、
「もう、小野さんの好きにしてください。
思い残すことがないように、存分にやってくれはったらいいです。」
と、半ばあきれた笑い口調で、返してくださり、
2/27、大工さんと現地で会って、現場監督さんの許可ももらって、
土壁を空き地に残せることになりました!
× × ×
結局、24日から27日まで、毎日、現場に通いました。
小屋が解体される様子を見るのは、心が痛むのでは・・・と思っていたけど、
それは思い込みでした。
十字梁の短い方を、ユンボのつかみハサミが一掴みして、
すっと、軽やかに外してしまった瞬間を目にしたときは、
「すごいっ」と心おどりました。
屋根に上った作業員さんが、チェンソーで丸太梁を切り、
ユンボのハサミが、それをつかみ取り、屋根が落ちる。
チェンソーで切った桁も、ユンボのハサミでつかんで引っ張ると、
自然に壁も倒れ、丁寧に土と竹と木材を分けたものを、
つかみハサミで優しくつかんでトラックの荷台へ。
太くて長い材もハサミでつかむだけで簡単に折れてしまう、
そんな圧倒的なパワーをもつ一方で、
うすいコンパネや細い材1本も、傷つけずに細やかに扱える、
そんなユンボの扱いには、感動すら覚えました。
そして、それをフォローする男たちの動き、
全てがまさに芸術的で、ずうっ~と、見惚れてしまってました。
「ああ、こんな男たちのおかげで、
この、いまの、世の中が作られたんだなあ」と、
改めて感じ入りました。
× × ×
・・・あ、そうそう、私は末娘のリクエストで、
河原にお家をたてるための材料を集めに来てたんだった
と思い出して、
木材が集められるたびに、「これもらっていいですか」と声をかけて、
適当な大きさの角材・柱、板を運び出してたのですが、
十数年ぶりに再会したベテラン作業員さんに、
「この丸太梁も、私に扱える大きさなら、ぜひほしいのですが」
ともらしたら、
「おい、お前の出番だぞ」と一番若い力持ちの作業員さんに指示して、
1メートルくらいの長さに切ってくれました。
そして、その若い作業員さんがそれを軽々と持ち上げて仮置き場まで
持って行ってくれました。
私は、その1メートルをころころ転がして、よいしょっと立てて、
ばたんと倒す・・・という方法で、運びました。
車の荷台までかつぎあげるのは無理でも、
転がすための緩やかなスロープを丈夫な板か何かで作れば、
車にのせることはできるでしょう。
家主のご主人と、弟さんが、残しておきたいとのこと。
あとは、リクエストされた、木地師さんにお渡ししようと思います。
× × ×
・・・こうして振り返ってみると、
今回の小屋の解体の中で、「これがほしい」とリクエストされ、
その方が諦めなかったものは、
結果的に、すべて手に入れることができた気がします。
(床板も、建具も、丸太梁のかけらも、そして土壁も・・・)
自分の中のちっぽけな世界で思いつくことでどうにかしようとするのでなく、
大きな天・宇宙・世界に委ね、
ご縁あった方々のお心とお力をすべて無駄にすることなく、
最後まで諦めない
ことで、ここまでのことが成ったことに、深く深く感謝いたします。
ありがとうございました!